アイホールでは今夏、主催事業「みんなの劇場」こどもプログラムで、14年ぶりの再演となる音楽劇『どくりつ こどもの国』を上演します。本作は、(一財)地域創造の創造プログラムの対象事業となっており、2年連続での製作を行っています。1年目となる昨年はストレートプレイにリブート。今年は、本来の音楽劇として、東リ いたみホールで上演します。公演に先駆け、作・演出の岩崎正裕さん(劇団太陽族)、出演者を代表して初演にも出演していた旗手絵美子さんにお話を伺いました。
■初演製作のきっかけ
岩崎正裕(以下、岩崎):初演は、2008年に私とアイホールの共同製作でスタートしました。当時の小劇場演劇では、子どもやシニアに対して手を伸ばそうという企画は今ほど多くなく、私もこの作品以前は“こどものための演劇”を作ったことはありませんでした。ちょうど今から20年前に長男が誕生しまして、出産にも立ち会ったんです。その際に助産師さんが、私に「はい」って長男を抱かせてくれて、父親としての実感が湧くより先に「ちっちゃい命だな」と思ったんですよね。「こういう小さな命が何者かの手によって奪われるということはあってはならない」というぼんやりした感覚から、この作品が立ち上がっていきました。
もう一つ刺激になったのは、亡くなられた中島らもさんが、最晩年に書かれたエッセイ『ポケットが一杯だった頃』です。「こどもが亡くなっていく世の中が耐えられない」「大統領は12歳以下で、こどもたちの安全と平和が守られている国があったら、こんなにこどもたちが苦しむことはないのにな」という結構重い内容でした。それを読んで、自分に子どもが生まれた実感とともに、戦争と大人の抑圧による子どものあり方・生き方に対して、ドラマにできるんじゃないかなという実感も持ちました。
■音楽劇『どくりつ こどもの国』の物語
岩崎:あちこちで戦争が起こっている世界が舞台です。小学校の担任のトネ先生が産休に入るのですが、彼女を慕っていたレイという少女を含めた数人の子どもたちが、ある日の深夜、トネ先生のお家の庭に集まって、そこで大きなトネリコの木※[1]を見つけます。すると木の上にオーロラがやってきて、少年が空から落ちてきます。その子が“クウ”といいます。そこにもう1人、空を飛び交う戦闘機から、パイロット兵がパラシュートで落っこちてきます。
レイにはシオリという親友がいましたが、シオリが突然、遠くの国であるワルハラに引っ越すことになります。二人でピアノを弾くことを励みにしていたレイはシオリに会いに行こうと決意します。聞くと、クウもワルハラの向こうにある“どくりつ こどもの国”を目指していて、兵士もワルハラで“世界を統べる人”に新たな任務をもらおうとしているらしい。全員の目的地が一致したので一緒に旅をすることになります。
一方、シオリには「弾き間違うと世界のどこかで人が一人死ぬ」という”世界を奏でるピアノ”を練習させる支配的な母がいます。この母と旅の一行との対決が物語の中心となります。
■初演や翌年のツアーの思い出
岩崎:初演当時は、オーディションで集まった若いメンバー12名がそれぞれ物語の根幹となるところを共有しながら作っていきました。「こどもの演劇」を作ったことがなかった私たちは、どうやって演劇を提示すれば伝わるのかという問題にも直面しました。大人に見せる演技よりも強度がないと、子どもたちは飽きてしまって最後まで見てくれないんじゃないかという恐怖があったので。だから、ワークショップでも子どもたちと触れ合いましたし、実際に子どもの前で演じる経験もして上演に臨みました。その時に、子どもたちを飽きさせないコツが“コール・アンド・レスポンス”だと知ったんです。客席に向けてクイズを投げかけて、答えてもらってワイワイやってね。親は大抵の場合、「劇場では静かにしなさい」って教えるんですけど、本作では子どもが客席で騒いだり、歩き回ったりしてもいいという趣旨で作りました。
2009年に全国ツアーを行い、石川県の“ラポルトすず”という会場でも上演しました。今年1月の能登半島地震でいちばん被害が大きいと言われている半島の突端にある珠洲市のホールです。日本海の何か寂しい感じと、めちゃくちゃ綺麗な星空を覚えています。印象にのこっているのは、中学生のワークショップです。「珠洲市は人口が少ない分、閉じたコミュニティで育っているため、高校生になって他の場所に出ていく時のためにコミュニケーション能力をつけてやってください」というオーダーがありました。先生に聞いたら、「この子たちは幼稚園から中学生になるまで一切クラスが変わってないから、喋らなくても相手の考えることがわかるんです」と仰っていました。「目と目でコミュニケーション取れるんだったら新たに演劇で何か開拓しなくてもいいんじゃないか」みたいなことを思いましたね。そのように各地域の子どもたちに関わって、非常に実りの多い旅になりましたし、座組のメンバーも長い時間を過ごすことで良いチームワークが生まれました。そして俳優自身、演劇が社会や子どもたちに対して、どうやって波及するのかというのを考える機会になったようです。
■今回の公演の目玉
岩崎:今回の目玉は、「伊丹市少年少女合唱団」が出演することです。30名くらい参加します。合唱の人たちを舞台に上げるときに難しいのは、歩いて登場する時です。演じながら出てきて歌うことができるのか、指揮者なしで歌えるかが、創作上、楽しみな部分です。オープニングと大詰めで歌ってもらおうと思っています。大人が演じている子どもと本当の子どもが天国のような場所にいるという絵は、おそらく観客に衝撃的に映るシーンになるんじゃないかと思います。
物語の大枠的なところは変わらないです。ストレートプレイにしてみて70分以内に収まったので、音楽の要素をもうちょっと足したとしても以前よりギュッと圧縮して作れるんじゃないかと思っています。昨今のミュージカルは、セリフがないじゃないですか。それに極めて近い形にしたいなと思っています。
去年のストレートプレイ版は橋本匡市さんに演出いただきましたが、非常に良い作品になってました。昨年と違うプレッシャーとしては、会場がアイホールではなく最大1200席の客席がある東リ いたみホールの大ホールであることです。音楽で観客にドラマを伝えるのも大変な作業になります。デコレーションしすぎず大きい舞台でどのようにドラマの核心を伝えるかということに苦心しています。新作に近い形になると思うので、ご期待いただけたらと思います。
■旗手さんの初演の思い出と再演に向けての意気込み
岩崎:初演の時にシオリの役を演じたのが、旗手絵美子さんです。14年後の今回は、トネ先生の役を演じてくれます。
旗手絵美子(以下、旗手):今回、個人的には11年ぶりの演劇との再会になります。子どもが生まれてからは子育てをしていて、演劇とはすっかり縁遠い生活を送っていました。その間も『どくりつ こどもの国』に出演した経験や、作品の中のセリフや歌詞が、自分を支えてくれていたような気がしています。ラストの曲の「ゆっくり大人になっていく」という歌詞がすごく好きなんです。私もつい我が子に「早くしなさい」と言ってしまいますが、歌詞を思い出して「いやいや、ゆっくり大人になっていいんだ」って、自分自身に言い聞かせたりしています。
初演では、物語の後半でいろんな死や別れ、支配的な母親との関係、不在の父親への思いとか、今この瞬間も世界のどこかでは子どもが戦争によって命を落としている事実から、演じながら涙が止まりませんでした。岩崎さんが「子どもたちに生(なま)を見せたいんだ」とおっしゃっているのを聞いて「私は心が弱いし、役者としてこれでいいのか分からないけど、舞台に立っていいんだな」と思えて、最後まで演じ切ることができました。
岩崎:旗手さんは当時、小劇場でかなり脚光を浴びていて、公演に出まくってましたよね。彼女はオーディションで目立つんです。生田萬さんの作品や、僕が演出した中島らもさん原作の公演にも出てもらったし。今回は演劇から離れていたから心配したんですけど、みんなが目を見張ることをやってくれました。
旗手:オーディション前は母親にもなったので、自分はお母さん役かなって思っていたんですが、蓋をあけてみるとトネ先生でびっくりしました。初演の頃からずっとやってみたいと思っていた憧れの役だったので、とても楽しみにしています。彼女はシングルマザーとして子どもを産もうとしていて、さまざまな逆境にも立ち向かっていける強い女性として演じられたらいいなとおもいます。
■親になってからの演劇へのまなざし
旗手:去年のストレートプレイは子どもたちと見に行きました。娘たちは今回でいうと「サクラ」という優等生の女の子が好きだったようです。
岩崎:なんでなんだろう。ラストの方の台詞がいいのかな。
旗手:観客席に向かって「(現実の世界に)帰ろう」と言うんです。いちばんの願いは、「大好きなお父さん、お母さんと一緒にいたい」ということなんですよね。「お父さん、今日は残業しないで帰ってきて」と語りかける台詞もありますが、そういう子どもの思いを、私たち大人がしっかり重く受け止めないと駄目だなって、親になって感じるものがあります。また、親になってから、子どもと一緒に見に行けるお芝居ってすごく少ないんだなということを実感しています。初演のときに、高校時代の友達が小さいお子さんを連れて見に来てくれたんですが、「うちの子、まだ内容わかってなかったと思うんだけど、泣いててん!」と涙を浮かべながら、感想を言ってくれて。その涙が親になってからすごくよくわかるなって思います。どんな感想を持ってくれてもいいし、とにかく見に来てほしいなと思います。
■質疑応答
Q1:昨年の会見で、ウクライナ戦争があって、戦争についてより今日性といいますか、心に迫るものがあると伺いました。それから1年たって、今度はさらにガザ侵攻も始まりましたが、そのあたりは意識されていますか。
岩崎:15年前も、もちろんいろんなところで紛争がありましたが、今はより戦争の足音が近づいてくる気配がありますよね。こどものための演劇は、基本、こどもと大人がセットで見に来るじゃないですか。だから大人には戦争の問題に対して意識的に本作を見ていただきたいですし、子どもたちにもそういう悲惨さが、この世界にあるんだということを、ちょっとだけ心に入れておいてほしいかなと思います。劇作家の北村想さんが「子どものための演劇には、ちょっとだけ毒を忍ばせておくことが重要だ。甘い菓子ばかり食べてると子供たちは心を失って成長しなくなるから、毒を入れておけ」という名言を残しました。毒は強烈ですが、せめて免疫になるようなものにしたいです。
Q2:出演者はすべてオーディションで決定したのでしょうか。
岩崎:そうです。20代を中心に若い方たちが来てくれました。音楽劇なので、音程がしっかり取れて歌声がきちんと観客に届く人を基準に選びました。その中で、初演にも今回にも出演される方が2人います。旗手さんと、もう一人が森本研典さんです。彼は初演と同じ“ラタ”という役をやります。レイちゃんが飼っているハムスターです。北欧神話の世界ではワルハラに近づくとハムスターが人間化しちゃうんですね。森本さんは今50代半ばで、白髪も多くなってきたのですが、ラタは2歳で、人間でいうと88歳くらい。その年には届きませんが彼の年齢そのものが劇の説得力を増していると思います。
Q3:新曲は作られるのでしょうか。
岩崎:新しい楽曲も入ります。初演時ですでに10曲はありますから、今回は5曲ほど加えて、15曲くらいを目指しています。すでに少年少女合唱団向けに『光の世界』という新曲があります。僕の書いた歌詞に翌日すぐに橋本剛さんが曲をつけてくれました。彼は天才なんです。東京芸術大学の作曲科を卒業されていて、和声とかの理論がきちんとあり、オーケストレーションもできるんですね。坂本龍一さんの後輩にあたります。今は、名古屋教育大学で作曲の教鞭をとられています。
(令和6年6月 大阪市内にて)
※[1] トネリコの木…北欧神話では、「世界樹」と呼ばれ、世界をつなぎ、支える木とされている。
【公演情報】
AI・HALL主催事業 「みんなの劇場」こどもプログラム
音楽劇『どくりつ こどもの国』
作・演出|岩崎正裕
音楽|橋本剛
振付|原和代
2024年
8月24日(土)14:00
8月25日(日)13:00
公演詳細